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受けとる力 あらわす力

受けとったものの多さゆえに、毎回終わったあと放心状態になってしまうトレーニングの会。

今回も、いつも以上にキャパオーバーであった。

部屋に入ったらすでに先輩のお一人がいらして
卒業おめでとう、これお祝いのシャンパン
ノンアルコールだから最初に乾杯できるよ
と満面のあたたかい笑顔を向けてくれたのだ。

ありがとうございます。
嬉しい。私1人では卒業出来なかったのだから
私のほうが何かしたいくらいなのに。
こんなふうに祝ってもらえるなんて。

おかげさまで、おかげさまで、と
ありがたさと恐縮する気持ちでいっぱいになりながら
揃ったみんなからその美しいシャンパンで祝杯をあげてもらった。

先生もみなも笑顔や拍手や思い出話や
色んな形で優しい気持ちを向けてくれた。
エルダーフラワーとリンゴとハイビスカスのシャンパンは
華やかで軽やかで、優しい香りがしてとても美味しかった。

ここまででもうすでに幸せいっぱい飽和状態で
なんていい1日、ありがとう、おやすみなさい
と言って1日を終えてしまいたいくらいだったけど
トレーニングはこれから始まるのである。すみません。


毎回思うけど、シェアリングだけだってかなりの学びの量だと思う。
みんな日常で飛躍している人達ばかりなので
こっちでもあっちでもびよんびよん飛んでる様子を
感嘆しながら聴いているだけで
あっというまに時間が過ぎてしまう。

しかもそれが必ず自分の糧になるのである。

何かにチャレンジしたり
丁寧に細やかに、深く深く自分を見ている姿を見て
私もそうあろうと思ったり
似た課題を持つ仲間の話に
私も表現しきれない時ある
私も犠牲者やめようとしている、と共感しエールをひそかにおくりつつ
そうやってアサーションすればいいんだなとか
自分を守るためにそういうふうにするんだな
と脳内でメモしたり。

みんなそれぞれに真剣に自分の日々を生きていて
それを見せてくれることで私もまた学ぶ事ができる。

でももうすでに冒頭から飽和状態なので
シェアリングだけでもパンク寸前、
今日はもうきついワークは出来ないかもと思っていたところに
受けとる力とあらわす力のワークである。

このワーク、私にとっては今日の始めからスタートしているようなものである。
いや、このひと月と言ってもいいかもしれない。
愛を沢山受けとる機会があって、感謝を沢山あらわしたかったこのひと月だったから。


ワークとしての内容は
相手にプラスのストロークを投げる。
どんなにあなたが素敵かを表す。相手が受け取れるように。
受けとるほうはその気持ちごと、その表現の努力ごと
一字一句逃さないほどにしっかり受けとる
というもの。


プラスのストロークは受けとると嬉しい。
でも受けとった端から、ざらざらとこぼしてしまうような時も私にはある。
そもそも受け取りきれない時だってある。
自分自身が
「私なんかそんなはずない」と無意識下で思っているから
信じることが出来ないのだ。

それでも最近は「受けとりにくい私」を意識しているから
受けとれるようになってはいる。
でも相手が費やしてくれているエネルギーや気持ちと同じ重量ほどは
受け止めきれていないという自覚もあって
ああ、なんでこぼしてしまうんだ、
こんなにくれてるのにと、もどかしくなったりすることもある。

あらわすほうだって、
どんなに感謝しているかとかどんなに素晴らしいかいうことを
私が思っているのと同じ重量ではまったく言葉にできない。
この言葉では足りないと思ったり、ありきたりすぎて伝わらないと思ったり
そうしているうちに言えなかったり、なかなか難しい。

しかも困ったことに
どちらも自分にとって大事な対象であればあるほどできないのだ。

受けとる際には
例えば「存在そのもの」とか「自分が大事にしたい自分の部分」とかいう
自分にとって意識的にも無意識的にも
重要度が高いことに対するプラスのストロークは
受け止めがたい。
本当はすごく必要としているはずなのに。

あらわす際にも
自分が敬意や愛情をすごく持っている対象
そういう相手や素敵だなと思う相手の部分
に対してはしどろもどろになって
「えっとすごく本当に、いやもうなんて言っていいかわからないくらいホントにホントにすてき」
みたいに
長い割には結局何がすてきなのかよくわからない表現をしてしまう。

そういうことがとても悔しい。
もっとできるようになりたい。

だから今のベストを尽くしてワークをするんだ。

パートナーになってくれた方も、パートナーじゃない方も
たくさんストロークをくれた。
そういうふうに思ってくれてたんだと
ありがたく嬉しく受け止めながらも
やっぱり受けとめきれずとりこぼしたり
あっという間に忘れてしまったり
いたたまれなくて交代したい気持ちになったりもした。

あらわす側にまわった時は
素敵だと思うところが沢山あるのにぴたっとした言葉で言えず
他の人の表現にああそうそうそう、と頷いたりしていた。
あの素敵な部分はそういう言葉で表せばいいんだなと
語学を学ぶように思ったりした。

ただ、受けとれない自分というものが役にたつこともあった。
相手が、同じように受けとれない時、受けとりにくい内容や表現があるということがわかるのだ。
そんな時は
先生から、仲間からそうしてもらったように
「今は受けとれないかもしれない、
でもこれは本当のことです
あなたはこんなに素敵なところがあります」
という気持ちで、伝えたいことをあらわす努力ができる。

まあ仲間の場合は自然にそう思うのだけど、他の人の場合もそのような姿勢でいようと思える。

私がしてもらったようには、まだ出来ないけれど。


ともかく毎回毎回、ワークするたび課題は見つかる。
ここからさあどうするか、である。

思うのだけど
上手に愛を受け取ったりあらわしたりを人として普通にできたら
もっともっと豊かで楽しい人生になるだろうなあ。

ストロークをストレートに受け取れたら喜びいっぱいだろうし
わあ素敵!感謝!好き!という気持ちをその重量ごときっちりぴったり表現できたら
すごくすっきりして気持ちいい。

自分にとって大事な対象ほどできなくて困ると書いたけど
本当は大事な対象であればあるほど
できたほうがやっぱりいい。

というかしなきゃ。

自分も相手も大事にするって
こういうことでもあるんだと思う。

私は自分も相手も大事にしたい。

だから、練習していくんだ。








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