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ラベル考 その2

(その1の続き)

なので、改めてよく考えてみると
私は本当の声を聴きたいと思っている。

いやいや大雑把すぎる。
というかこれは当たり前のことだ。基本だ。

もう少し絞ると、特に子ども時代を子どもとして生きられなくて
その結果なんだか生きづらい、という人のサポートができたらいいなと思っている。

例えば
支配されたり放置されたり
侵入されたり親代わりせざるを得なかったり
ニュアンス的に「abuse」(乱用)と言えばいいのだろうか
日本語訳の「虐待」の定義だけでは説明できない、
尊重されるべきものをされなかったという思いのある人。
今大人でも、子どもでも。

私自身もそうだったというのも理由のひとつだけど
必死で子ども時代を生き抜いてきたのに、今もそのせいで生きにくいだなんて
そんなの辛いじゃないか、とただ思うのだ。

子ども時代を子どもとして生きられなかった人は
自然と湧く感情や思考を抑えこんだり
生きるために「こうすべき」「しないべき」というマイルールを持つ場合があるように思う。
周りの環境に適応するためにはそうすることが必要だったから。

でもいつか抑え込んだ何かが
「もう無理、このままでは苦しい」と何らかの現象の形で訴えだしたら
その現象をダメなものとしてさらに抑え込んだりしないで、
それはその人自身に何を訴えたいのかを聴くと
現象の解決につながったりすることがある。

それがどういう現象として現れるのかは人によるので
家族含む人間関係の悩みだったり
精神的な不調だったりいろんな形をしていると思うけど
その形を通して自分自身に本当に訴えたいこと、問いかけたいことは何なんでしょうね
ということを一緒に考えていけたら幸せだなと思っている。

それを考える上で、私がいいなと思う方法は
主にヒプノセラピーであったりゲシュタルト療法であったりする。

何がいいかって、本人のもともと持つ宝物を発掘していくような素晴らしさがあるからだ。
それを見せてもらうと単純に人って凄いなと感動するからだ。
人の持つ治癒力とか可能性を信じたい性分なのだ。

抑えつけた何かにコンタクトしたり、言い分を聴くのは
結構大変でショックを受けたりすることもあるかもしれない。
でも、なんだか安堵感があったり、やっとわかったって嬉しかったりもする。
少なくとも私はそうだった。
なんだか分からない辛さが続く状態よりも
ショックだけどそういうことだったのか、と納得できるほうが好みだ。

そして「そういうこと」を目の当たりにさせてくれるのが
他の誰でもない自分なのだから
腑に落ちる度合いも高いのではないかと思う。
誰かの答えではなく、自分の中から湧き出る答えを
自分が導き出すのだから。


ある現象がその人になにを訴えているかをこの方法でみる時
子どもの頃に抑え込んだ声を聴く場合もあれば
その人のもっと根源的な声を聴く場合もあると思う。
とてもじゃないけど狭い私一個人の視野では計り知れない。
本人だってなかなかわからないけど
でも本人にしかわからないそれを理解するために
この方法は有効であると思うし
理解することで現象が解決したり納得したり
その人が心の奥の声とつながった豊かな人生を送れるなら
こんなに素晴らしいことはないと思う。

そしてその過程に関われたらやっぱり幸せだと思う。



ざっと大雑把に書くとだいたいこういう感じのことを今は思っている。
でも、だいたいあっているけど大まか過ぎるので
これからもう少し詰めていきたい、そんな気持ちでいる。

ともかく長いので続きはまた別の日にしよう。





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あや

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