私の中の自己表現をまず先にしてみる

心の底から楽しそうだったり、嬉しさを感じている人の側にいると
自分までなんだか嬉しくなってしまう。

その人の魂が
「楽しい波」「嬉しい波」で振動している余波を
私もふわーと細胞で受けて一緒に振動する感じがする。
幸せのおすそ分けってきっとこういうことなんだろうな。
さあおすそ分けしますよって意図もなく
なされてしまうような、自然なもの。

嬉しいな。本当に良かったねって思う。
そしてそれを自ら選んだことに敬意。
皆で食べたたい焼きもとても美味しかったな。

※※※

先月のトレーニングの会ではアサーションがテーマだった。

終わって思ったのは

自分の感情が受容できてないとうまくアサーションできない

ということ。

昔、職場で
不本意な場面に遭遇しても
動揺せずに切り抜けられる人ってすごいなオトナだなと思っていた。
だから私もその表面だけ真似て
感情を押し殺して
切り抜けることに長けたいと思っていた。
どれだけ気持ちを押し込めて顔に出さず平静を保てるか
それがオトナとして社会で適応して生きていくために大事なのだと思っていた。

アホだ。

いや、そういうのが求められる場面も沢山あるのは確かだけど
それ「だけ」が大事ってのは違うかな。


それに心の中のすごい違和感をざわざわ感じながら平静を保ってなんか言っても
相手には多分丸わかりだっただろう。
「怒り波」「不安波」「怖がり波」が
伝わっていただろう。


不本意な場面で、大抵において私が押し殺していたものは、莫大な不安と恐怖。
なんで莫大なのかっていうと
そりゃもう押し殺し続けてつもりにつもって圧縮されているからだ。

その不安や恐怖を
「あんたたちちょっと黙ってて邪魔」と言って黙らせて
外の他人に向かってなんて言えば良いかなと「だけ」考え続けているのは
自分の内側が大変アサーティブではない。
それに、黙らせているから本当に感じていることが分からなくなって
微妙にずれて相手に伝えることになってしまう。
私が良くあるのは不安や怖い気持ちが怒りになっちゃったりするパターンかな。

じゃあ、内側アサーティブになるために
どうしたらいいのか?


どうしたらいいんだろうね。


人の数ほどやり方はあるのかもしれない。

私は今、感情総棚卸し中なのだけど
結構それが自分には合っている気がするし
こういうパターンにも関わりがあると思っている。

気持ちを圧縮し過ぎて
触られたら「いってーんだよっ!シャアーーー!」
となるほどパンパンになっている気持ちを
少しずつ出して整理して
あーーーーもう、ほんっとーーーーうに不安だったね、怖かったね
と身にしみて実感して大事にする。
そうすると
そうだよ!やっとわかってくれたのっっ?
と適切なサイズに落ち着いてくれる感じがする。

そうすると、触られてもざわざわせず
「うむ、いたいな。」
と自分でわかるくらいに風通しよくなる気がする。
それで、相手になんて言うか
今言うか後で言うか
あるいは言わないというパターンもあるかもと
考える余地ができる気がする。
だってもう自分が十分わかってあげられているから。

気がする、としか今はまだ書けない。
なにせ棚卸し真っ最中の試行錯誤状態だから仕方ない。

試行錯誤中だけど、いい感触はする。手ごたえというか。

自分を大事にすることで相手も大事にできるって
こういうことでもあるんだろう。


※※※

今日はたけのこの水煮をいただいたので
たけのこごはんを作った。

自分で水煮を作ると香りが良くていいけど
大変手間がかかるから、滅多にしない。
かと言って水煮は売ってるのを買うのもあまり好きじゃないので
ありがたいなあ。

それに春だけしかいただけないものは
わくわくするし、嬉しい。

たけのこが特別に好きって訳じゃないけど
どの季節の食べ物よりも、新しいような味がして、美味しい。


































スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

プロフィール

あや

Author:あや
インナーチャイルドセラピー
ヒプノセラピー
アクセスバーズ等のセッション
及びアフターカウンセリングを行っています
(女性限定)


ウェブサイト
 http://aarteeni.net/


Instagram

カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
最新トラックバック
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR