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6月のトレーニングの会とその後

6月は、楽しい機会が多かった。

ドライブ(助手席オンリー)で遠出したり
懐かしい人たちと楽しく飲んだり
フラの練習で、出来ない出来ないと皆でのたうち回ったり。

だからと言って、嫌なことがゼロなわけでもなく
不当に使われたり、八つ当たりされたりして腹が立ち
それをうまく表現しきれなくてしこりを作り
結局またむしかえしてきっちりお返ししたり(汗)と
感情的にはいろいろな種類のものを味わったような気がする。


月末のトレーニングの会では
皆のこの、濃いひと月の話を聴いた。
何ヶ月か前も書いたけど、皆もれなく変化の中にいる感じがする。

でも変化の中で味わうものを、確実に良い方へ生かしている感じもして
大変だなあとか、大事にしてほしいなあとか、なんて酷い話だとムカついたりはするものの

でも、最終的には結局乗り越えちゃうんだもんね(だってあなただから)

という気持ちを遠くでもちながら聴いてる自分もいる。

とは言っても、しんどい時期はしんどいよなぁ。

だからこそ、話を受け止めあったり、ピザを美味しく食べたり、笑ったりする時間がとてもありがたく大切なものに思える。

そして、各々の素直さとか、冷静さとかキュートさとか強いところに刺激を受けて
見習いたいと思ったりする。




会が終わって、話の中で出たあるお笑い芸人さんの「悪びれない」態度についてのことが無意識に心に残っていた。

シェアの時間も、私や他の人も「嫌なこと」についての話が多かったのだけど
そこでもある種開き直り的な、でももっともな姿勢をしていた人がいて
そういう姿勢も私に必要だなあとも思っていた。


そうしたら、数日後きっちりチャンスがやってきた。


ある食い違いが起きたときに
家族に対して、悪びれずに、私はとにかくこう思うのだとつらぬき通すチャンスが。

まるで

本当に分かっているのか?
そうしようと思っているのか?
そうならば実際にも出来るはず

と言われているような、現実とのリンク。
厳しいのう。



相手の言い分もある意味筋が通っていて、
いつもならば結構譲歩してる(つもりでいる)けど
誰かにワガママと思われようと、今回はもういいやという気がして

それでも私はあなたより嫌な思いをしてる!

と諦めずに食い下がり言い続けてみた。

そうしたら、(一応)受け止めてくれた。

こういうこともあるんだ。
相手の気持ちも大事だけど、自分の気持ちも同等に大事だ。

相手の正義もあるけれど、私にも正義がある。
人の数だけ言い分も正しいと思うこともあるのだから食い違いが起きるのは仕方ない
だから話し合ったりあゆみよったりするのであって
なんというか……ただそれだけのことだ。


でも、食い下がりながら頭の片隅でわかってもいたのだよなあ。


私のことを、もっともっとうけとめろ!!!
正しさみたいなものを押し付けるな!

と怒っていたのは私自身で、その矛先も私自身なんだろうなあ、と。

もっと貪欲に、もっときっちりあんた(私のこと)うけとめなさいよ ! とまだ迫ってくるのか

と思うと、自分のチャイルドのエネルギーの大きさと
まだまだ把握しきれない大人の私としてのもどかしさに
頭をかかえたくなるけど
まあ、みんなもこうしているのだ。

また、日々こつこつと向かい合いながら歩いていく。
とほほーと思うけれど、ちょっと面白いなあと観察している私もいる。









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地道なことだけどそれがすべて

早いものでもう6月だわ。…って毎月言ってる気がする。


5月は、私は自分がどうしたら心地よく過ごせるか?ということをなるべく気遣って日々を送っていた。

私はどちらかというと、
よく頑張ったなー とか
何かができた!
という達成感なんかを求めてそれを嬉しく思うことが多いタイプなのだけど
心地よいということと、それらを感じた時の気持ちは同じかというと、やはり違う。

私にとって心地よい感じというのは
細胞が沸き立つような、あるいはほどけるような、身体が喜ぶような、そんな感じだ。
理屈ではなく
何かのフィルターや思い込みを通さずとも
なんか自然に身体からニヤニヤしてしまうようなものだ。


5月は風が気持ち良くて天気もいい日が多かったので
なんだか朝、無性に外で珈琲を飲みたい気分に駆られて
我が家の決して広くはないベランダに
キャンプ用の折りたたみ椅子をだして
本を読みながら珈琲を飲んでみたりした。


これがすごく気持ちが良かった。


外からもし見えたら、
このたいして景色も良くない、住宅街の狭いベランダで何をしているんだか
と思う人もいるだろうと思う。
でも、その気持ちよさの方が勝つので今も
たまにそうしている。

それでも、一応見えないように目隠しを作りながらの小心者ぶりではあるけど
こんなに身近に、心地良く感じられるものがあるなんて
なんで気がつかなかったのかなーともったいなく思う。
本当に心持ちひとつでどのようにでも生活は変わるんだなあ。



月末は恒例のトレーニングの会。
今「恒例の」なんて書いたものの、
永遠に全く変わらないというものはないし
毎回其々の変化があるから
一回一回が新鮮でもある。


今回は、私は適当なウソをつかずにアサーションが出来たなーと自分的に感じた
ある出来事などについて話をした。

特に劇的なことではなく、日常でよくありうるようなことだ。多くの人が経験するような。

それをシェアした時、思った以上に…と言うと失礼なんだけど
それを皆がしっかり受け止めてくれた事が、嬉しかった。

簡単にできてしまう人にとってはそれは些細な出来事なんだと思う。
でも、自分の気持ちを感じて見つめ、それを相手を尊重しつつ表現するという
一見簡単なようで難しいと感じるものを
ひとつクリアできた嬉しさが自分でもあったので
受け止めて貰えた喜びもまたひとしおだ。
それぞれに自分的に難しいと感じる課題に真剣に取り組んでいるから
そんな風にみな、人のものも大切に扱ってくれるのだと思ったら
本当に地道でいてかつ大きなトレーニングだなあと思う。


似た体験をしたからって、自分の体験と人の体験が同じとは限らないし、
仮に同じだとしても感じるものは確実に違うのだ。
でも、生き方や心やとりまく世界を真剣に考えたり、取り組んでうまくいかなかったり泣いたりうまくいったりした
という姿勢や心意気は
それらのどうやっても異なる体験や感じる気持ちを理解するための
大きな助けになる。

そしてそれは死ぬまで続くし終わりがない。

その過程そのものが、泣いたり喜んだり嫌だと思ったり上手くいかなかったり頭をかかえたり笑ってご飯を食べたりするそのものが
生きている感じだなぁ
と思う。

できてもできなくても、たとえまだ達成感がなくても。

そんな感じさえも、わかち合え
わかってもらえるのもまた喜びだなあと思う。


プロフィール

あや

Author:あや
インナーチャイルドセラピー
ヒプノセラピー
アクセスバーズ等のセッション
及びアフターカウンセリングを行っています
(女性限定)


ウェブサイト
 http://aarteeni.net/


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