総棚卸し中

ジブリ映画は大抵好きだ。

ほとんどすべての作品をひとつにつき平均5〜6回は観ていると思う。
ナウシカなんかは10回以上観ている気がする。

見るたびに分かる意味や印象が違ってくるのが好きだな。

この前『かぐや姫の物語』を地上波でやっていたので観たけど
やっぱりよかったなあ。

人が何のために生まれてくるのか
その人その人の幸せってなんなのか

美しい映像を観ながらじんわり感じられる。

かぐや姫は、「高貴な姫さま」としてではなく
鳥やケモノや草木花と同じ生きものである人間として
生きる手ごたえを感じながら生きたかったんだなあ。

翁との関係も切ない。
翁は姫を愛していたし、幸せにしたかった。
でも翁の思う姫の幸せと
姫の思う姫の幸せは違っていたんだ。

私の中の大人部分とインナーチャイルドの
関係を思い出して胸が痛むわ。

映画は観る人によっても時によっても受け止め方が違うから
今私がそう受け止めたってことは
今私はそんなことを考えているってことだ。



ここ数ヶ月は、感情総棚卸的なことをしている。

はじめは「怒り」がどうも気になって
ノートに書きだしたりヒプノやゲシュタルト療法を受けたりして取り組んできたのだけど
やり始めると怒りはもとより
哀しみ、寂しさ、ショック、恐怖、不安、無力感、絶望感など
いろんないろんな感情が過去にあったことを思い出してくる。

ジブリついでに言うと
『千と千尋の神隠し』で
オクサレ様に刺さった何かを千が引っ張りだしたら
あり得ないくらいの大量の廃棄物がどわー!と出てきたようなイメージ。
もちろん感情は廃棄物ではなく大事なものなので
あくまでそれくらいの埋もれ感、予想外感、という意味だけど。


今までだって知らないわけじゃなかった。
こんな状況だからこんな感情だっただろう
くらいにはわかっていた。

が。

私の感情たちは結構強情っぱりなので

知っているだけではダメ。
ちゃんとわかれ。
どれだけ我慢していたか身をもってわかれ。

と迫ってくる。

なので、大人の私の感覚としては
半分やれやれと思いつつ
向き合わざるを得なくて(強情っぱりにしたのは誰だ?といえば私でもあるし)

うおーー怖いよー!とか
あーもう無理、すげー無力とか
感じ直している。

やれやれとも思うんだけど

なんかこれ自分的キモだな
という感触がするのでとりあえず納得するところまでやってみるかと思っている。


抑圧した感情たちは私の大切な感情だった。

抑圧したのは申し訳なかったけど
だからといって抑圧がダメで間違いだったという話ではなく
それを抑圧してとりあえず生きることを優先させたのも
私の大切な無意識。

そして生きる機能をスリープモードにさせ、守りに入ったり
オラオラいい加減向き合えよ!と迫ったりするのも
すべて私の大切な無意識なのだった。

向き合うと理解できる。
理解できると信頼が増す。
そうすると双方落ち着くのでより向き合える。

なんかそんな期間を過ごしている。
たぶんまだ続く。
半分やれやれと思っているけど
半分は嬉しい。
自分のこと信頼できるのは、嬉しいことだな。

3月のトレーニングの会のことも書きたかったけどまた後日。


















スポンサーサイト
プロフィール

あや

Author:あや
インナーチャイルドセラピー
ヒプノセラピー
アクセスバーズ等のセッション
及びアフターカウンセリングを行っています
(女性限定)


ウェブサイト
 http://aarteeni.net/


Instagram

カレンダー
03 | 2015/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
最新トラックバック
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR