ひとつの塚をこえてまた次へ

最近いきなり暑くなってきた。

ようやく冬物コートを脱いでトレンチ着られるようになったなーと思っていたら
もう夏日だとかってなんなんだ。
あまりの気温差に身体がついていかないうえ
今月は感情棚卸し月間だったので
安堵感もある反面、虚脱感でいっぱいの感もあって

ああなんか疲れた

と思いながらトレーニングの会へ向かった。
春先から梅雨があけるまでのこの季節は、子どもの頃から結構苦手なんだよな。


でも、今月は私の誕生月だったので
事務所についたら皆がお祝いしてくれて
しんどい疲れをさっぱり忘れた。

とても嬉しかった。

みんなそれぞれ日々いろんなことがありつつも
その合間をぬってなにかを作ってくれたり、探しだしてくれたりした
その気持ちが、とっても嬉しい。
そして、プレゼントがみななんというかアーティスティックで
その人らしさが表れていてかわいくて、それがまた嬉しい。
費やしてくれた時間や手間やすべてのことがありがたい。

あまりに嬉しいとき、私は
いただいた時のラッピングを自分でしなおして
そのまましばらく置いておくことが多い。
今もそうしている。

子どもか!

でもすてきなその包みをみて、嬉しい気持ちを大事にあたためるのも
また幸せなのだよなあ。
(しばらくおいたらもちろん大切に使わせていただきます)


会の始めのシェアの時間。
シェアの時間は貴重な学びの時間だ。

みなそれぞれ取り組む内容が違う。違う人生だから当たり前だ。
その違う人生を真剣に取り組んでいる人の話を聴くことで
自分のまだ経験していない部分の理解を深めることができる。
それが誰か別の人への理解にもつながる。
へえーと思ったり、自分もそういうことあると思ったり
あ、今この場面で自分はこういうふうに感じている、と新たな自分を発見したりできる。


そして、この日のワークは
「あーあ、、」から始めるつぶやきを聴くワーク。

「さあ愚痴言ってください、どうぞ。」と構えて聴くより
「あーあ、、」と溜息を吐いてもらうほうが言いやすいし聴きやすい。

溜息って、字の通りなんか溜めているんだもんね。
生きている上で吐いて吸って息しているのは欠かせないのに
感情の何かを溜めて溜めて十分吐けずにいたら苦しい。
まず息から吐いてもらうっていうのはとってもいいなあと思った。
こころのことを身体から出していくアプローチは結構好きだ。

今回は聴く役。
私のパートナーになってくれた方は、とても繊細にかつ非常にオープンに
話をしてくださった。
毎回思うのだけど、うーんと唸るほどさすがだと思った。

だから多少ぼんやりしていても大変聴きたくなるのだけど
ワークとしていつも以上に意識して聴く。

あたかも自分が体験しているかのように共感しようとして聴く。

自分としては、とても落ち着いて聴けたと思う。
パートナーの方の力量も大きかったけど
このひと月かそれ以上、
自分が感情にがっつり向き合った成果がきちんとあったことに
すごく、すごく、ほっとした。

自分の中のざわざわとたまっていたものが
もやのように、感受体としての自分に分厚く膜をはっていたのが
随分きれいになった感触があった。
聴くツールとしての自分自身の感触があった。
外からはもしかしたらあまり変わらないように見えるしれないけど
私の内面としては、自分で解る程度に変化していた。

ようやく、ようやくここまで来られた。

自分自身のワークに取り組んできてよかった。
私の中の子ども部分にしたがって、やれやれと思いながらも
しゃくりあげ泣きながら心が潰れそうな思いをしながらも進めてきて本当によかった。

ほっとした。
うんざりのやれやれが安堵のやれやれになった。

でも、それもつかの間。

ようやくここまできた、と思ったら
もう次の課題がでてくるわけで
どう表現するかとか、相手をどう大事にするかとか
自分の傾向とか
またも壁のようにどーんとたち上がっているものが見える。
ああしまったそうだった、こうしたほうがよかったなとか
学びの種がぼろぼろとあるのが見える。

こういう経験ができるのは、パートナーの方が心の大事な部分を見せてくれるからに
ほかならない。
身体をはってもらって学ばせてもらっている。
頭が下がるほどありがたいなと思う。
貴重な機会
と書くとあまりに簡単だけど、
本当に貴く重みのある経験だと思う。



ピザを美味しくいただいて
行きに感じていた疲労感とは違う感覚を感じながら帰った。


あたりまえだけど、人ひとりの理解なんか簡単にできる訳がない。

自分の理解だって、ある程度ここまで来たって感触があっても
本当には多分全然まだまだで、それが死ぬまで続くのだからしょうがない。
壁も種も終わりが無いのだろう。

でもなのかだからこそなのか、
やっぱり私は深めていきたいと思うし、そこに面白さを感じる。

ほっておくと秒速でもやがかかる
ツールとしての自分自身も
終わりなくきれいにし続けていく。











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植物を育てるように、大切に友情を育んでみる

久しぶりに会う友だちと
ご飯を食べながらいろいろな話をした。

彼女はその才能と努力をもって
私とはまったく畑違いの
素晴らしい表現の世界で生きている。

でも、
掘り下げたかったり向かいたかったりする方向が共感できて話が楽しくて
気がつくと5時間くらい喋っていた。
もう時間が遅くなっても外が明るいから気がつかなくて、びっくりした。

話している間
彼女の丁寧なものごとの洞察力とか
優しさや思いやりに触れて
この人すごいなーと感動していた。

知り合ったのはもう20年以上も前だけど
親しくなったのはここ5年ほどのこと。

昔は若すぎてそういうところ気が付けなかったな。
それとも変わったのか。お互いに。

こんな縁があるんだ。嬉しかった。

アボカドを種から育てていて、今はもう木になっているんだよ!という彼女は
人のこともそっと大事に見守ってくれていた。
前会ったときと感じが変わったねーと言って
にこにこしてくれた。


うむ。わたしもそのように大事にしたいな。
自分のことも、友だちのことも。

加減がわからず過剰に水やっちゃったり
逆にほっておきすぎることもあったり
いろいろ行き違いもあるかもしれないけど
都度つど、
あ、間違えちゃったごめんとか言いながら
やり直して
少しずつでも大事にできるように。
成長や変化を急かすことなく見守って
喜べるように。


そして、私も
自分のことをあとほんの少しがんばろ、
と思って
あたたかで、すっとした気持ちになって
別れた。



私の中の自己表現をまず先にしてみる

心の底から楽しそうだったり、嬉しさを感じている人の側にいると
自分までなんだか嬉しくなってしまう。

その人の魂が
「楽しい波」「嬉しい波」で振動している余波を
私もふわーと細胞で受けて一緒に振動する感じがする。
幸せのおすそ分けってきっとこういうことなんだろうな。
さあおすそ分けしますよって意図もなく
なされてしまうような、自然なもの。

嬉しいな。本当に良かったねって思う。
そしてそれを自ら選んだことに敬意。
皆で食べたたい焼きもとても美味しかったな。

※※※

先月のトレーニングの会ではアサーションがテーマだった。

終わって思ったのは

自分の感情が受容できてないとうまくアサーションできない

ということ。

昔、職場で
不本意な場面に遭遇しても
動揺せずに切り抜けられる人ってすごいなオトナだなと思っていた。
だから私もその表面だけ真似て
感情を押し殺して
切り抜けることに長けたいと思っていた。
どれだけ気持ちを押し込めて顔に出さず平静を保てるか
それがオトナとして社会で適応して生きていくために大事なのだと思っていた。

アホだ。

いや、そういうのが求められる場面も沢山あるのは確かだけど
それ「だけ」が大事ってのは違うかな。


それに心の中のすごい違和感をざわざわ感じながら平静を保ってなんか言っても
相手には多分丸わかりだっただろう。
「怒り波」「不安波」「怖がり波」が
伝わっていただろう。


不本意な場面で、大抵において私が押し殺していたものは、莫大な不安と恐怖。
なんで莫大なのかっていうと
そりゃもう押し殺し続けてつもりにつもって圧縮されているからだ。

その不安や恐怖を
「あんたたちちょっと黙ってて邪魔」と言って黙らせて
外の他人に向かってなんて言えば良いかなと「だけ」考え続けているのは
自分の内側が大変アサーティブではない。
それに、黙らせているから本当に感じていることが分からなくなって
微妙にずれて相手に伝えることになってしまう。
私が良くあるのは不安や怖い気持ちが怒りになっちゃったりするパターンかな。

じゃあ、内側アサーティブになるために
どうしたらいいのか?


どうしたらいいんだろうね。


人の数ほどやり方はあるのかもしれない。

私は今、感情総棚卸し中なのだけど
結構それが自分には合っている気がするし
こういうパターンにも関わりがあると思っている。

気持ちを圧縮し過ぎて
触られたら「いってーんだよっ!シャアーーー!」
となるほどパンパンになっている気持ちを
少しずつ出して整理して
あーーーーもう、ほんっとーーーーうに不安だったね、怖かったね
と身にしみて実感して大事にする。
そうすると
そうだよ!やっとわかってくれたのっっ?
と適切なサイズに落ち着いてくれる感じがする。

そうすると、触られてもざわざわせず
「うむ、いたいな。」
と自分でわかるくらいに風通しよくなる気がする。
それで、相手になんて言うか
今言うか後で言うか
あるいは言わないというパターンもあるかもと
考える余地ができる気がする。
だってもう自分が十分わかってあげられているから。

気がする、としか今はまだ書けない。
なにせ棚卸し真っ最中の試行錯誤状態だから仕方ない。

試行錯誤中だけど、いい感触はする。手ごたえというか。

自分を大事にすることで相手も大事にできるって
こういうことでもあるんだろう。


※※※

今日はたけのこの水煮をいただいたので
たけのこごはんを作った。

自分で水煮を作ると香りが良くていいけど
大変手間がかかるから、滅多にしない。
かと言って水煮は売ってるのを買うのもあまり好きじゃないので
ありがたいなあ。

それに春だけしかいただけないものは
わくわくするし、嬉しい。

たけのこが特別に好きって訳じゃないけど
どの季節の食べ物よりも、新しいような味がして、美味しい。


































総棚卸し中

ジブリ映画は大抵好きだ。

ほとんどすべての作品をひとつにつき平均5〜6回は観ていると思う。
ナウシカなんかは10回以上観ている気がする。

見るたびに分かる意味や印象が違ってくるのが好きだな。

この前『かぐや姫の物語』を地上波でやっていたので観たけど
やっぱりよかったなあ。

人が何のために生まれてくるのか
その人その人の幸せってなんなのか

美しい映像を観ながらじんわり感じられる。

かぐや姫は、「高貴な姫さま」としてではなく
鳥やケモノや草木花と同じ生きものである人間として
生きる手ごたえを感じながら生きたかったんだなあ。

翁との関係も切ない。
翁は姫を愛していたし、幸せにしたかった。
でも翁の思う姫の幸せと
姫の思う姫の幸せは違っていたんだ。

私の中の大人部分とインナーチャイルドの
関係を思い出して胸が痛むわ。

映画は観る人によっても時によっても受け止め方が違うから
今私がそう受け止めたってことは
今私はそんなことを考えているってことだ。



ここ数ヶ月は、感情総棚卸的なことをしている。

はじめは「怒り」がどうも気になって
ノートに書きだしたりヒプノやゲシュタルト療法を受けたりして取り組んできたのだけど
やり始めると怒りはもとより
哀しみ、寂しさ、ショック、恐怖、不安、無力感、絶望感など
いろんないろんな感情が過去にあったことを思い出してくる。

ジブリついでに言うと
『千と千尋の神隠し』で
オクサレ様に刺さった何かを千が引っ張りだしたら
あり得ないくらいの大量の廃棄物がどわー!と出てきたようなイメージ。
もちろん感情は廃棄物ではなく大事なものなので
あくまでそれくらいの埋もれ感、予想外感、という意味だけど。


今までだって知らないわけじゃなかった。
こんな状況だからこんな感情だっただろう
くらいにはわかっていた。

が。

私の感情たちは結構強情っぱりなので

知っているだけではダメ。
ちゃんとわかれ。
どれだけ我慢していたか身をもってわかれ。

と迫ってくる。

なので、大人の私の感覚としては
半分やれやれと思いつつ
向き合わざるを得なくて(強情っぱりにしたのは誰だ?といえば私でもあるし)

うおーー怖いよー!とか
あーもう無理、すげー無力とか
感じ直している。

やれやれとも思うんだけど

なんかこれ自分的キモだな
という感触がするのでとりあえず納得するところまでやってみるかと思っている。


抑圧した感情たちは私の大切な感情だった。

抑圧したのは申し訳なかったけど
だからといって抑圧がダメで間違いだったという話ではなく
それを抑圧してとりあえず生きることを優先させたのも
私の大切な無意識。

そして生きる機能をスリープモードにさせ、守りに入ったり
オラオラいい加減向き合えよ!と迫ったりするのも
すべて私の大切な無意識なのだった。

向き合うと理解できる。
理解できると信頼が増す。
そうすると双方落ち着くのでより向き合える。

なんかそんな期間を過ごしている。
たぶんまだ続く。
半分やれやれと思っているけど
半分は嬉しい。
自分のこと信頼できるのは、嬉しいことだな。

3月のトレーニングの会のことも書きたかったけどまた後日。


















プロフィール

あや

Author:あや
インナーチャイルドセラピー
ヒプノセラピー
アクセスバーズ等のセッション
及びアフターカウンセリングを行っています
(女性限定)


ウェブサイト
 http://aarteeni.net/


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