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早いもので、もう1月も末。
この間お正月がきたと思っていたのに
あっという間だなあ。

この日もトレーンングの会でメンバーの話を聴く。

誰かひとりが話す
心の動きや取り巻く状況や出来事は
そのひとのものであって、自分が体験したものではないけど
自分も過去や現在に似たような心境になったことがあったり
似たような出来事を経験したりしていることがある。

もちろん、まったくの違いに はっとしたり面白く感じたりもする。

でも、どこかしらで共鳴するものがあることが多い。
その人が感じた痛みや、かなしみや、ショックや
やり遂げたことや発見したことなどへの思いに
自分なりに思いを馳せてしみじみと感じながら聴く。
投影してわかったつもりにならないように気をつけて聴く。

そうしていると
誰かの話の中や、誰かの話へ向けての誰かのシェアの中で
自分でも気が付かなかったような感情に気がついたりする。
癒やされたり、なるほどと感心したり
心を締め付けられたり
過去に学んだはずのことの理解をさらに深めたり
波紋が広がるように様々なことが自分の中で起こる。

誰かが何かを経験し、その気持ちを偽らず心の底から言葉にして発することで
その場にも、その場の人の心にも
いろんなことが生まれる。

誰かの経験はその人のものだけど
感じることはその人だけのものではないし
話すことでますますそうなっていく。


シェアすることは学びだなあと思う。



この日のワークは予定とは違うものになった。

今日会うのが最後だと思って言いたいことを伝えて
と言われた。
言葉や身体を使って伝えた。
思っていることを思った通り伝えるのはまだまだ難しい。
だから練習するんだけど
できないながらも幸せな気持ちになるワークだ。


先生が用意してくれたピザを美味しくいただいて
帰り道
変更の意図を考えながら歩いた。

いったい何が大事なのか
ということについて考えさせられる。

これまでだって何回も、その場でワークを変更ということはあった。
臨機応変にその時必要なものをやるんだね、とわかっていたつもりでいた。

でも今回はさらに一歩深くわかった気がする。

そもそも、大事なことは何なのか
それで、今大事にすべきことは何か

そこがブレたらうまくいかないのだ。

私はいろんな思い込みや恐怖や不安でブレることがあったけど
ああ、ここなんだな、とわかった感じがする。

わかるとできるはぜんぜん違うけど
わからないとできようがないから
わかって嬉しい。


また一歩進めた気がする。たぶん。


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深い感動と、穏やかな発見と

ヒプノに触れると、感動が多い。
多いというか、毎回感動している。

それは自分がどちら側にまわっても言えることだ。

先日、先生を相手に実習をさせてもらい
さらに昨日、その後の経過まで聴かせてもらった。
経過まで聴かせてもらうことで、さらなる学びが得られる。
知識だけではなく、身体をはって身を持って教えてくださっている。
本当にありがたいなあと思う。

その後のエピソードを聴いていると
言葉にしないといけないのは重々承知の上なのだけど

えーーーーーーー

いやーーーーすごい。


感嘆詞しか出てこないほど
驚きと感動がある。

その人がその人自身の力で問題解決できるように
っていうのは
カウンセリングのベースだけど
もうまさに目の前で
その人が自身の力でぐんぐんとある事柄を深めて
クリアな叡智でものごとをみていく

その過程だけでも想像をはるかに超えているのに
さらに現実の世界でもますます広く深くなっていく様子を聴くと
圧倒されるばかりになる。

もちろん今回は相手が先生だからという部分はあるけど
そうじゃない人相手の場合でも、
なんて素晴らしい世界を見せてくれるんだろうと
思うことがよくある。
私はただただ、
マイクを持って主人公を追いかける人みたいな心境で
必死についていって聴いていくだけ
という感じがする。
私の一個人の想像力などまったく及ばないところへ行って
思いもよらない大事なものをつかんで、
さらに現実でそれを生かしたり創り出したり
あれよあれよという間にその人らしく深めて豊かにしている姿に
人の生命エネルギーって
内面の深遠な世界ってすばらしいな と
驚きながら敬服する。

私にとってはすごく魅力的な分野だ。

そんな分野に少しずつ関わっていけてとても嬉しい。



そして先日、私自身もセラピーを受けた。

自分のなかにどうもひっかかりを感じる部分があって
その根本に当たる部分をなんとかせにゃいかんねえと思っていたので
受けてよかったなあと思う。

根本に当たる部分、というのは、とある感情だった。
それをわからないといけない、とはわかっているけど
でもなんなのかはわからない、という状態で
セラピーを受けたのだけど
先生の温かいサポートの結果、それがなんなのかじんわりとわかった。

それは哀しみだった。

私は幼いころの家庭環境にとっても怒っていた時期があった。
さらにその怒りすら抑圧しすぎて感じられない時期もあった。
それは私にとってとても大切な時期であったけど
抑圧するのも、怒りを持ち続けるのも、結構しんどいもので
ああー楽になりたい、どうしたものか、と思い続けていた。

今はどうかというと、あまり怒っていない。
たぶんそうだと思う。
それは、相当時間をかけて感じきったからだと思っている。
もちろん全部すっきり!というわけにはいかないけど
ある程度納得いくくらいは十分感じたと思う。

そして今回、セラピーを受けて
哀しみが浮かび上がってきた。

「どうして、こういう目にあわないといけないのか」と
神さまに問いかけたくなるような種類の哀しみ。
運命とか宿命とか、背負うものとか
そういったものに対する哀しみを深く感じた。

でも、苦しくておいおい嘆き悲しむような感覚ではなくて
とても穏やかに、静かに深く海の底に沈むような
ちょっと安らいで微笑んでしまうような哀しみだった。

それは、ようやく「哀しい」という感情を感じられた心地よさが大半で
あとは
「どうしてっていったって、もうしょうがないよね」というような
あきらめや受け入れというものに似た感覚だと思う。

その哀しみは想像できた。
でも、涙を流しながら深く感じたことはないものだった。

以前読んだ、ある精神科医の著作の中に、感情に関するその人の所見が書いてあった。
それは
抑えこまれた深い感情は、「怒・哀・喜・楽」の順にしまわれていて
「怒」が出てこないと次の「哀」も「喜」「楽」も出てこない
というようなことだった。

それをかすかに覚えていたから、穏やかな気持ちでいられるのかもしれない。

怒りを感じきったら、
哀しみが出てきた。
次は、どうなるのかな。
と、ちょと楽しみでもあるような、そんな感じ。

ようやくここまできたなあ、とほっとして
この先を見たいような感じ。

そして、人の心の柔らかい部分に触れさせてもらう私として
自分のもやもやしたものの輪郭がわかって
ひと安心した感じ。

しばらくは、この感覚を味わってみたいと思っている。




















プロフィール

あや

Author:あや
インナーチャイルドセラピー
ヒプノセラピー
アクセスバーズ等のセッション
及びアフターカウンセリングを行っています
(女性限定)


ウェブサイト
 http://aarteeni.net/


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