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理屈だけじゃないんだ

風邪をひいて、身体だるだるの腰ばきばきの状態で
トレーニングの会へ行った。


今日は人の話をあまりちゃんと聞けないかも
と ぼやあーと思ったけど
なにせトレーニングなので
聞けない私の状態で行ったって
その状態なりに、得られるものがたくさんある。



人の感情はその人のものであって
こちらがなんとかしようとしない。

そう習ったけど、いざやってみると私は
いかになんとかしようとしちゃってるか気がついて
あちゃーーー と思う今回。

ある事柄について人がどう感じるかはその人の自由で
その心の動きを尊重するんだ。
例えば、私ってこうでああだからダメだーとか言ってたって
そう思う相手の存在そのものを大事に思っていたら
人は自分の心の力で
「ダメな自分!」って固く思っている気持ちをほどいていける。
そういう力が誰にでもある。

で、相手が自分の信頼している人なら、なおのこと
あ、大丈夫、今そう言ってても、心の底にある力知ってるから
と思うのだけど。

実際に「私はこうだからダメなんだ」と言っている相手を目の前にすると
言葉を尽くそうとすればするほど
自分の中に、理性や理屈でフォローしようとする癖があるのを発見した。


えーそれ全然ダメじゃないじゃーん!!
って言葉で言いたくなってしまう癖。
「それ」が気になっているからこそ
「それがないから(またはあるから)私はダメ」と感じているのに
「それはダメじゃないよ、だってああだしこうじゃない」ってさっさと理由を並べようとする癖。
その人にとっては、「それ」が気になるからこそダメって思っているのにね。

この癖は、自分に対してもやってるもの。
自分の自責に対して、理屈を探してしまう。
「私はなぜダメじゃないのか」
という理屈がわかれば、自分が安心できると思っているから、理由を探す。
頭で納得できれば、それでよしと思っているから。

でも、そうじゃない。

実際にデモとロープレをやらせてもらって
あなたはダメじゃない、なぜならこうだからですよ、とか言われなくても

そう思っていても、そんなあなたが大好き

と全面的に受け入れてもらうだけで
頑なに「私ダメ!!」と言っていた心がゆるんで涙が出る。
ゆるんでスペースが空いた分だけ、
元々持っている力が膨らんで、あるいは自由に動いて
だんだん「私よし」と思えるのかもしれない。
それは理屈で与えられる力ではなくて、もっと生命力にあふれた力だと思う。


その力なんだよね、大事なのは。


人はいろんなことで自責する。
私も自責しょちゅうする。たくさんしまくる。

これができないあれができない
自分はダメだなあ、と
できない=私ダメ という方程式に自動的に
当てはめていることもある。

私の場合は、特に自分が大事にしている分野で自分にダメ出しする。
どうでもいい分野では、悩んだりしない。
あなたって飛行機操縦できないのね、とか言われても
はいできませんよ、で終えられる。
なにか自分にとってのポイントだから「ダメ」に結びつける。

できないのね、あなたってダメね、と言われると、だから余計にショックなのに
自分でそれをやっちゃって、心をぎゅっと固くしていたら
力は発揮できないんだよね。

そこが気になるんだね、それでダメって思うんだね、そういう感性なんだね
でもそんなあなたが大好き
あなたの心の深さや繊細さや優しさやエネルギーを知ってるから
今どんなあなたであっても大好き


って理屈ではなくハートで伝えられると
相手も自分もきっと嬉しい。
嬉しいし、その人らしく、心の力が発揮される。


そうできるようになるために、訓練は続く。















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壊れたけどいっぱいもらっちゃった

道ですれ違った小学生男子が

「それはぁーー、第3の目だよ!第3の目がー…」
「第3の目かー!」
「そーっだよ!第3の目がぁー…」

と自転車を漕ぎながら会話してた。

今の子ってずいぶん高尚な会話するんだな
そういえばインディゴなんとかって言葉もあるし
え、何を見ようとしてるんだ?

と思ってたら

「○▲☓◎△(何言ってるか理解不能)で、そこでクリックすんだよー!」
と続いた。




なんだゲームの話か。


***********************

勉強会のため朝早く都内へ。

早くって言ったって一般的な会社の始業時間は過ぎてるし
そんなに混んでないだろうと思いきや
つり革も持てないくらいの殺人的ラッシュ。

こういうのに、以前は毎日乗ってたんだよな。
しんどいな。
体調があまり良くない日には余計にきつい。

しかもちょっと慣れないブーツを履いていて
2年ぶりくらいに箱から出したせいか
自宅を出てすぐ、右のヒール底のラバー部分が剥がれてとれてしまった。

ヒール本体がすり減らないように気を使って歩くので
変な部分の筋肉が疲れてくる。

でも今はしょうがない。
明日か明後日、いつもの靴修理のおじさんのところに持って行こう。
しばらく履いてないと接着面が劣化するよって言われてたんだよな。

なんて考えながら乗り換え駅の階段を登っていたら
なんともう片方のヒールのラバーまでとれてしまった。

あらー、なにも体調が絶不調の今、両足とれなくても!

歩くとカツカツカツカツ金属音がするし
ギクシャク足を出すのでますます疲れてくる。
会場近くで修理してくれるところがあったら昼休みに持って行こう
と修理屋さんを検索してたら
駅ナカにチェーン系の修理店があった。

さっそくその店を探しあて
今は時間ないし、所要時間だけ聞いておこうと思って
すみません、ブーツのかかとが・・・と店のお兄さんに言うと
ささーっとスリッパを差し出してくれて
ブーツをぱぱっと見ると

10分でできますよ

と言ってくれた。

はやい。30分はかかると思ったのに。
10分なら今からでも間に合う、ヒールをこれ以上傷めなくてすむし!

じゃあ今お願いしますと支払いをすると
たぶん私の悲壮な気配を感じ取ったのか

急いでやりますんで!!

とニッコリしてくれた。


天使に見えた。


店の外の小さなパイプ椅子に 借りたスリッパを履いて座り
早足で歩く人たちを眺めながら
自販機のコーヒーを飲んで待っていたら
なんだか身体も少し楽になってきた。

コーヒーを飲み終わるかどうかのところで
お待たせしました、と声をかけられた。本当に急いでやってくれたみたいだ。
仕上がりもきれいだった。

受け取ったブーツのファスナーをぐーっと上げて履いて
スリッパを返す時

ありがとうございました、ホントすっごく助かりました
と言ったら

目を見てまたニッコリしてくれた。

なんだかそれだけなんだけど
よーし、行くか、という気持ちが湧いてきて
店を背にして会場に向かって歩いた。


それだけ。


私も単純なんだけど
たまたま遭遇したプロのお仕事とか気遣いとかで
エネルギーをもらえるようなことがある。
それだけでちょっと嬉しくなったり元気になったりして
その日1日を持ち上げてもらえることがある。

近所のクリーニング屋のおばさんとか、たまにだけどスーパーのレジの人にも
同じようなものをもらう時がある。

そういう人は誰かにとって
靴修理以上、クリーニング受付や会計以上の働きをしているわけで。

本人にとってはお仕事の一環なんだろうけど
誰かにとってはちょっとの時間、あるいはその日1日
そのちょっとしたやりとりが活力につながることがある。


でもこれは
なにも働く人とお客という関係に限らず
家族や友人との関係だったらそんなことがもっといっぱいあるし
知り合いじゃないけど同じコミュニティの人とか
帰り道でいつもすれ違うネコとか
花屋で買った花とかからだって
なんかもらうこともある。

なんかいただいて、さあやるか、と
力が湧くときがある。

そんな風になんかもらったら、どこかにお返しすることもできる。
もらわなくても、自分が満たされてたら
いろんなところにたくさん還元できるんだろう。
いやそんなことはないか。どっかからはもらうか。

自分が、靴修理のお兄さんやクリーニング屋のおばさんと同じように
誰かに何かちょっとできることがある、かもしれない。
もちろんできないかもしれない。人相手だからね。

でもそんな風に廻っていられたら、気持ちがいいなと思う。



会の内容もとても勉強になった。

行きの通勤ラッシュも身体がきつかったけど
帰りもまた満員電車だわ疲労困憊だわできつかった。

けど、エネルギーすっかすかのきつさではなく
なんかいろいろいただいた上でのきつさだった。

古いかかとも新しくなったし

行って良かった。











誰かの姿に励まされているばかり

トレーニングの会に行くと、たいていいつも

いやみんなすごいな

と思う。

トレーニングの内容もそうだけど
日々過ごす上での自分のことに対する向き合い方とか
ちょっとしたことばとか態度とかにそう思う。

みんな魅力的だ。
そしてみんなのことが好きだなあと思う。

そのことばや振る舞いを見て
深い安堵や敬意を感じたり
抱きつきたいような親近感を
いだいたりしてしまう。ていうか抱きついたりする。普段しないのに。

たとえば
周りの人をとても大切にするところとか
得るものしっかり得てその場の卒業を決めるとことか
日々のなかで自分の思考を丁寧に見てるとことか
自分の話もひとの話も遮らず大事にするところとか
成長を求め続けてパワフルに変化していくとことか
細やかな気遣いとか愛とか
いろいろ、その他もろもろ。

人として魅力的だなあと思った。

そして、自分の話をするなら
そういう人に話を聴いてもらいたいと私は思う。

だからこの中で自分を研鑽していけることが嬉しいなあと思う。



今回は基本的な技術のロールプレイ。
デモとロープレのどちらもクライアント役をさせてもらった。

今は話す練習の時なのかも。

2回とも、エピソードとしては具体的で話しやすいことだったけど
私自身の問題としてはまったく深めてない内容で
ぼやーーーっとした素の状態のまま
話を聞いてもらった。

素のまま話してもまったく平気だ、と思っているから出来ることなんだけど
それもすごいことだなあ。
信頼ってそういうことだもんなあ。

デモも、その後のロープレも
はっとすることがあった。
自分の言ったことをきちんと聴いてもらってると
するすることばが出てくる。
それを丁寧にかえしてもらうと

あら、私そんな風に思ってたのかー!
とか
こうやってみたらまた違う結果になるかも
とか
もっとこうしたいけど、振り返るとまあちょっとずつ出来てはきているなあとか
新たな発見がある。

一応ワークだから
クライアント「役」ってことになるけど
自分のことを素のまま出しているので
ワークなんだけど完全にクライアント状態で
自分の問題の発見までできたうえに

脳の別の部分では
相手のカウンセラー役の方の返し方やことばを
クライアントとして受け止めつつも
カウンセラー側だったらこうするのか、とか
こんな風に聴いてもらうと話せたり気づきがあるんだなとか学べたりして
なんかとても得るものが多かった。



得るものが多い分、結構消費するものも多い。

家に帰って、疲れのあまり風呂にも入らず
ぼんやりテレビを見ていたら
福島の復興に携わる人たちのドキュメントをやっていた。

地元の高校生が福島の野菜の宅配サービスを考えたり
60代の女性達が蚕を育て絹の織物を作って
それを30代の男性が支援したりしていた。

30代の男性は
(今の避難指示区域に、再来年皆が帰って来る前に)
誰かが先に行って整えておかないといけないから
と言っていた。

60代の女性は
進みたいけど進めるかどうかは分からない、
でも一歩一歩歩んで行きたい
と言っていた。

涙が出た。

一人ひとり、それぞれ持てる力を生かしている。

人の、何かに向かい合う姿に励まされる1日。

向かい合う内容はみんな違うかもしれないけど
向かい合っているということにおいては
同じなんだなと思う。


私も、一歩一歩歩んで行きたいです。



















プロフィール

あや

Author:あや
インナーチャイルドセラピー
ヒプノセラピー
アクセスバーズ等のセッション
及びアフターカウンセリングを行っています
(女性限定)


ウェブサイト
 http://aarteeni.net/


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