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なかやすみ

受講しているコースの半分が終わって、中やすみ。

過ぎてしまえば、本当にあっという間だし
まだ半分までしか来てないのに何言ってんのという感じなのだけど

今の私にしては、いろんな面で結構頑張ったなーと思う。
うん。よくやった。
これ位皆やってることとか、以前の私ならとか
そういう比較をまったくせず清々しくそう思う。

でもそれと同時に、やっぱり恵まれてるなーとも思う。
今回教えていただく先生にも、共に学ぶ人たちにも
今まで積み重ねてきた学びの内容や
先生や仲間
協力してくれる家族にも

恵まれているなとじんわり思った。


今日は、たまった洗濯物をざばざば洗って
ハーゲンダッツのアイスを食べて
猫たちをさわりまくり
ゆっくり過ごそう。


もうすっかり涼しくなったなあ。




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今年のお盆

お盆の間、父のお墓参りへ行った。

母と夫と私の3人で行くことが多いのだけど
年によっては
母と私の2人だったり
それぞれ別々に行ったり
兄夫婦が来ていて5人だったり、いろいろだ。

今年のお盆は3人で行った。

まあほんとにひどく暑かった。


父と子の交流がきちんとある人には
考えられないことかもしれないけど
父親が亡くなったということに対して、涙を流したことが私にはない。


いろいろと複雑な思いを持っていたからだ。
以前はそんな自分を後ろめたく思っていたけど
仕方ない。


世間では、
親には感謝すべきとか
死んだ人を悪く言ってはいけないとか
様々なまっとうな道徳がある。
まあ道徳がなくったって
普通に考えれば、親がどれだけ偉業かはわかるし
亡くなった人をあれこれ言うのはあまり気持ちいいものではない。

でも、心の奥で感じていることに
道徳とか大人の考えを頭ごなしに押し付けたって
通用しなかった。
少なくとも私の中の子どもの心は
ずっと反発して抵抗し続けていた。
私の中で大人の心と子どもの心が親子喧嘩しているようなものだったから
しかも長期化して冷戦みたいになってたから
大変苦しかった。

それで一時期、その複雑な感情に思い切り浸りきったことがある。
いい年して親に文句言うなんて、とか
でも学校出してもらったことには感謝してるし、とか
そういう気持ちをあえて無視して
子どもの心の思うまま、どろどろの気持ちに浸った。
蓋をしてどろどろに発酵させてしまったのは
他でもない私自身なので
私が感じきるしかやりようがなかったのだ。

そうして存分に感じることを感じたあとは
とても穏やかな気持ちになった。
子どもの心が
ようやく、やっと言い分を聞いてくれたのかと
溜飲を下げてくれたような感じだ。

それでもまだ十分にはわかっていないのかもしれないけど
今は、以前のような苦しみはもうない。

お墓の前で手を合わせて
お母さんを守って下さいよ、と言い
多分いつも守ってくれているのだろうことと
こんないろいろな感情の経験に対してと
それに伴ったいろいろな出会いに対して
ありがとう、と自然に思った。


お墓参りの後
今年は病院通いばかりだからお祓いをしてもらいたいという母と
前厄である夫が意気投合し
近くの大きな神社に行くことになった。

お墓参り→神社でお祓いという
めったにしない妙なコースを辿り
食事を済ませ、実家へ。

母がパソコンでわからないことがあるというので
夫がレクチャーすることになったのだ。

夫は教え方が上手なうえ、根気強い。
気がつくと、1時間以上も2人でパソコン教室をやっていた。

もし私が、母を相手にそんなに長い時間教えていたら
だんだんイライラっとしてきつい一言も言ってしまいそうだ。
優しくしてくれて、ありがたいなあと思う。

2人がパソコンに向かっている間
仏壇をみると
茄子ときゅうりの精霊馬がきちんと作ってあった。
そしてハスの花の形をした盆提灯があり
小さな塗りのお膳に煮物やご飯がのっていた。


そのきちんとさ、丁寧さに少しはっとして
私がもし、主として父の供養をする立場だったら
こんな風にできるだろうか、と思った。

私の中の子どもの心は
こんなに丁寧にやるもんかとまた抵抗するんじゃないかなと思った。
今だって、我が家に供える陰膳はかなり適当だ。

それとも、こちらの世界で生きている以上は、と母と同じようにお盆の準備をするだろうか。

その時、形式だけ真似ただけの、気持ちに蓋をしたままの供養をしないだろうか。

そんな風に思いながら
こういう気持ちがふとわくということは
まだ十分に消化しきれていないのだなと
改めて思った。

でも、十分消化しきれていないのだと気がつくと
そうだよ、よくわかってるじゃないか、と
言う子どもの顔の私が見える気がする。

今は、もうそれでいいと思う。

ありがとうと手を合わせる心と
ようやくそう思えたことが嬉しい心
でも母のようにはまだできないと抵抗を感じる心
そう抵抗を感じる心を認められて、嬉しい心
こちらの世で生きている役割を思う心


多面的で、今はいい。


そして、そういう心が見えている間
見ようとしている間は
大人と子どもの気持ちに折り合いをつけながら
私なりの、その時の気持ちを込めた供養ができるような気もしている。

そんな今年のお盆。














ゆるむとみえる、みえるとゆるむ

やってみたいと思うことがある。

でも
やってみたい、楽しみ!なぜならこうだから、とやる気満々な面と
いやー不安、こわーい!
だってこうだしああだし、ほらやっぱり私にはできない
と思う後ろ向きな面が両方ある。

どっちが本当の私なのか、と思う必要もなく
両方とも私の気持ちなんだよなあ、と思う。

そう思うとどちらか一方をムリして説き伏せるように選択する必要もなく
ああ両方あるよねー、まあどっち選んでも悪くはないよねー
くらいのゆるーい気持ちになる時がふとある。

で、その結果、やっぱりこうしたいと思う方に行くんだけど

今回は、「できない」と思う理由が結構強固に感じられて
自分でもわからないうちにかなり縛られていたみたいだ。


そんな気持ちを、
昨日レイキを流してもらいながら先生に受け止めてもらった。

やっぱり聴いてもらえるのは本当にありがたい。

一人で考えていると
「不安、だってこうだしああだし、だから現実的でない、となるとやめるべきだ」
という思考にどんどんはまってぎゅっと固まっていくのだけど
客観的な風穴を開けてもらうと
「やってもいいのかも」
と楽に思えるようになる。
思考がゆるむ感じがする。
レイキで身体がゆるむのと相まっているのかもしれない。

と同時に、
「やめるべき、なぜならこうだから」というその理由に
まだ簡単にからめとられてしまうことに気がつく。
もうすっかり見方を変えて手放したと思っていたのに
うっかりするとすぐに戻ってしまう時がある、ということに気がつく。


そうか。まだあるのか。

まあ今回はしかたないよね、とも思うけど。


そんなことを考えながら帰路につくと
今まで「これをやるのか、やめるのか」の選択だけだと思っていたことに
もう一つ選択肢が加わった。

ゆるんだおかげだと思う。

まだ何を選ぶかは決めていないけど
選ぶ過程ですら、いろいろ気づくことがある。


そういうことが、とてもおもしろい。





ゆるむみやび
210148.jpg



台湾のTさんを思う

暑い・・・。
身体にこたえる暑さですね。
暑気あたりなのか?夏バテなのか?
今年はなんだか暑さがきつく感じる。なんでだ。
思うように動けないのがとてもイヤなので
生活を見直す日々。



台湾の高雄で、ひどい爆発事故があったようで
ニュースで街の様子を見てとても胸が傷んだ。
とても思い出深い場所だったから。


学生の頃、同じクラスに台湾からの留学生のTさんがいた。
ほっそりした菊池桃子みたいな顔立ちの美人で
とても親しみやすくてキュートな人だった。

私たちの学科は皆でやる作業が多かったし
興味の対象が似ている者同士ということもあって
割とすぐに仲良くなっていった。
そのうち、中国語の授業が一緒だった友人5人とTさんと私の皆で話しているうちに
「Tさんの家に遊びに行きたい!行こう!」ということになり
1年の春休みに台湾旅行を計画したのだった。

バイトを増やしお金を貯めて
6人それぞれ違う出版社のガイドブックを買い
地図をさんざん眺めてルートを練り、JTBでチケットを予約して
6人みな初の海外旅行を決行した。

空港のある台北からTさんの住む高雄市までを
観光しながら縦断する形になったのだけど
行く先々で親切な人にあってとても楽しかった。

高雄に着くと、TさんとTさんのお母さんが出迎えてくれて
Tさんの弟さんも交えて、大変立派なレストランで食事を御馳走になった。
私達はそのおもてなしにかなり驚きながらも
野菜や魚介類の美味しいお料理をいただき
お母さんと、徴兵を終えたばかりだという弟さんといろんな話をした。

私達の拙い中国語ではお母さんにはほとんど話が通じず
(しかも中国語と台湾語は厳密に言うと違う、というのをこの時ようやく知った)
Tさんが逐一通訳をしてくれた。
弟さんとは、通じないけどいくらか英語のほうがマシ、という感じだったので
中国語(台湾語)と英語と日本語を交えながら身振り手振りでしゃべり、笑いあった。
3つの言語が飛び交いすぎて混乱したのか
しまいにはTさんと弟さん2人の会話までもが、なぜか英語になっていて
2人ともそれに気づかず一生懸命英語で伝えあおうとしている様子がおかしかった。

あ、今考えれば、あまりの中国語の出来なさに
Tさんが気を配ってくれたのかもしれない‥私達にも話がわかるようにって。

Tさんのご家族の誠実さというか、あたたかみが伝わってくるようだった。

そして夜はTさんの案内で高雄駅近くの飲茶に行った。
スマートにあれこれとおすすめの珍しいものを注文してくれるTさんは
ほれぼれするくらいかっこよかった。
夜の屋台を見て歩くのも
Tさんがいたから安心してみなのびのびと楽しめた。

でも、私達は若気の至りというか
まるで一人暮らしの友人のアパートを訪ねる程度の気軽さで
「Tさんの家に行きたい」だなんて言って
台湾まで来てしまって
こんなに手厚くおもてなしをされるなんて思ってもみなかったから
ちょっと恐縮していた。

それをTさんに伝えると
Tさんはああそう、とうなずいた後
「台湾では、お友達が遊びに来たらご馳走するのが当たり前、
という文化があります。そういう国なんです」
とさらっと言った。

私はその言い方を聞いて少しはっとして
「ああ、Tさんって大人なんだな」と思った。

日本だってまあそういう国といえばそうだから
今考えればたぶん私も同じようにおもてなしするかもしれないけど
20歳そこそこで、友人にそんなふうにさらっと言えるかな、と思ったのだ。

普段は、
どちらかというと私がTさんの手助けをすることのほうが多かった。
日本に来てまだ1、2年のTさんは、とても日本語が堪能だったけど
たまに難解なものもあったからだ。
でも
こちらが教えたり手助けすることが多いのは
ただ「日本語ができるかできないか」という点においてだけなのだ、
という当たり前のことを
台湾でTさんに会うまでうっかり忘れていたのだ。

異国に来て外国語を学んで大学に入り、
母国で家族と一緒に、友人に自分の持っているものを差し出してくれて
「台湾では当たり前だから」とさらっと言うTさんは、私よりずうっと大人に見えた。
教室で過ごしているだけでは、そういうことが見えなくなっていた。

そういう自分を幼く感じた。


Tさんのおかげで楽しい旅を終えたあと
お母さんと弟さんにお礼の手紙ととらやの羊羹を送った。

手紙は、皆で集まって辞書や教科書の例文を駆使して書いたけど
あのレストランでの様子を思い出すと
内容が伝わったのかどうかは限りなくあやしい。
とらやの羊羹も、一体なんでそれを選んだのか
果たしてちゃんと食べられる状態で到着したのか
台湾の人のお口に羊羹が合ったのかどうかも分からない。
でもとにかく、本当に楽しい旅ができたので
精一杯のお礼の気持ちを伝えたかったのだということは覚えている。


そんな思い出のある高雄なのに
ニュースで爆発現場の地図を見ても
悲しいけど、Tさんの家がどのあたりだったか、さっぱり思い出せない。
住所も地名も、高雄駅からどのくらいの距離にあったのかも忘れてしまっている。
卒業してから、一度だけ手紙のやりとりをしたけど
今は連絡先もわからない。

ああ、でもそうだ、高雄にあったのはTさんのご実家なのだから
Tさんや弟さんがまだそこにいるとは限らないんだった。
でも、お母さんは、どうなんだろうか。

爆発はそんなに広範囲ではないみたいだから
少しでも現場と家がずれていてくれたらいいなと思う。
みんな怪我もなく、家も無事だといい。
街がああなってショックは受けただろうけども。

Tさんも、元気にしてくれていると
いいなと思う。






プロフィール

あや

Author:あや
インナーチャイルドセラピー
ヒプノセラピー
アクセスバーズ等のセッション
及びアフターカウンセリングを行っています
(女性限定)


ウェブサイト
 http://aarteeni.net/


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