ありのままと向上心

習い事の仲間と食事をしながら思う。

自分の親ほども歳の離れた人生の先輩達と
上司と部下の関係でもなく、援助被援助の関係でもなく、親戚でもない
ただの共通の趣味を持つ仲間として話ができるのはありがたいことだなあ、と。

そして
ありのままのできなさ加減を笑い飛ばすことと
向上心を持つことは
共存するんだよなあ、と。


「今はあれできないわ」
「こんなにできなくて笑っちゃうよねー」
「自分ではできないから、こうやって先生に指摘されるとありがたいわね」
「うまい人と一緒にやると自分もうまくなろうって刺激がもらえていいわ」
「えっ今度難しいのやるの?あら楽しみねー」

こんな会話を聞きながらそう思った。


だいぶ前のことになるけど
心理学の授業中に先生にこう言ったことがある。
「ありのままでいいって認めてしまうと、それ以上向上できないような気がするんです」。
たぶん基礎過程の最初の頃だったと思う。

その時の私の捉え方としては、
ありのままでよしイコール何もしない、だから進歩も向上もしない、それは嫌だ
という感じだった。

今は、どうだろうか。

ありのままを認めないことには先に進めないじゃん、
と思う。

認めるから練習したり対策を考えたりできるのであって
だから向上もできるし
今はその分野の向上を目指さないという選択もできる。

いや~できない、と落ち込んだりする、
そう感じる自分自体尊いものだととらえることもできるし
なんで落ち込むのかなあと考えることで
できなさ具合を「ダメ」と責めることなく
「自分なりにやってるけど今はできないね」と愛おしんだり
時には笑い飛ばすことだってできる。

そうすることで
力が抜けて向上することもあるし
向上以外の何かが得られることもある。

そしてそれが結構大事なことだったりする。

ありのままを認めるってことは何もしないとか進まないことじゃないんだなあと思うのである。


そうは思っているけど
自分のせいでひどい危機にあったら
落ち込んで
できない自分を愛おしくだなんてとても思えないことだってあるだろう。
笑いとばすどころか
どっぷり泣いて自分を責めたりすることもあるだろう。

多分それが今の私なんだなあと思う。

わかるようで、わかってないかもしれなくて
思うことと行動が一致しないのはかっこ悪いなあと思っていて
だから今、いろんなところで
こういうことよって見せてもらって練習しているような
そういう状態が
今のありのままの私なんだなあ。

そんなふうに認めると
なんかほっとするような、嬉しいような気持ちになる。

向上も大事だけど、向上以外も、大事だなあ。












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プロフィール

あや

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